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2017年4月17日月曜日

皿を洗う

毎日晩は皿を洗っている。特に妻に言われたとか、役割分担とか云々があるわけではないが、なんとなく少し前からやるようになった。自分にはそういう、特に何もなくとも唐突に何かをやり始めるところがあり、それが、自分の好きな部分である。

皿を洗うのは苦ではない。高校生の頃に肉屋で一年ほどアルバイトをしていて、掃除と皿洗いをほとんど毎日やっていた。肉屋の皿洗いはそれなりに重労働で、数百枚とかある金属製のトレイ、ミンサーの部品、スライサーの部品、巨大なまな板四枚を毎日洗わなくてはならない。血と油の匂いが体に染み付き、使い込まれた金属製のトレイはあちこちにささくれがありちょっと引っ掛けただけで出血した。それでも、さほど辛いとは思わなかった。単純労働を延々していると、頭がぼんやりとしてきて、延々と一日の出来事を反芻したり、空想に浸ったりしているうちに仕事は終わっていた。
毎日皿を洗ったりするのはそれ以来のことだけど、同じような感覚が蘇った。作業を始めると自分はすぐに思惟に落ち込んでいって、勝手に流れていく川のほとりに立っているようだ。しかもその傾向は学生時代より強いようにも感じる。その日の誰かの言葉が、シーンが、自分でもなぜかはわからぬままに再生されていく。あるいは、たとえばこのブログのようなものを書くことを考えていて、止めどもなく文章が頭の中でつぶやかれていく。

案外これは何かしらのセラピーのような効果でもあるのかもしれないと思ったりもする。昔は良く寝る前に同じような感覚に陥っていたが、社会人になって仕事が忙しくなると、布団に入ると同時に眠り込んでしまうので、自分を振り返る暇すらなかった。しかし皿を洗っていると、自動的に一日は振り返られていく。

それから、これはまあ単純に調子のいいときもあるので定かではないが、作業の進捗がマシになっているという気もする。ちょうど自分が作業を行える時間というのは、皿を洗ったあとになるのだけど、単純作業をして何かに打ち込める状態になってからであるためか、ついだらけてしまうようなことが減って、すぐに作業を始められるようになった。
いつまで続くかわからないが、せっかく始めたのだから、長いことやれるとよいなと思う。

2017年4月16日日曜日

細々とやっていける



前にも書いたかもだけど、ある程度大人になったからかもしれないけど、そんなにたくさんの人に見てもらいたいという強い欲求は消えた。うまくやろうとか、センスを見せつけたいとか、人気ものになりたいとか、自分の作ったものの品質や反応への欲求というのは、もとからそこまで強い方ではなかったと思うが、今や殆ど感じない。あってもよいが、なくてもほとんど何にも影響しない。
私は割と具体的に、自分の友達や家族に動画を見てもらいたいなと考えていて、それから顔は見えないけれど、なんとなく私の作るものを好きでいてくれている少数の人に向けて動画なんかを撮っている。何十回か動画が再生されて、いくつか良いねが付くと、それで満足だ。その点で言えば、毎回それなりに目的を達成できている。

若い頃は、自分の作っているものとか、やっていることとか、受けている評価なんてものを、どのように考えれば良いのか、どんな風に感じれば良いのかということが少しもわからなかった。おそらくそれは、たとえば今の自分が過去に戻って言ってやったとしても、やはり分からないことなのではないかと思う。あるいはそれは、いつだってそのように言っている人が居て、陳腐な理屈だった。しかし、結局その普通で、面白みのないことが平凡な自分にとっては身の丈にあったことだったのかなと思う。

自分の手元にあるものを、まともに好きであれば良いというだけだ。自分のポケットに入っているホコリくらいの個性を、人より決して多くない能力を、出会って好きになった人々を、不思議と自分を気にかけてくれる人を、ものすごく大事なもののように思って生きていくことだ。そうすれば、自分がちょっと思いついただけのことも、宝物のような気がするし、中年の自分が喋っているだけの動画でも、なかなか面白く出来たじゃねえかとか思えるようになる。



2017年4月13日木曜日

物語がそこにある/映像研には手をだすな!

不動産の広告なんかを見るに、みんな新しい小奇麗な家が好きであるようだ。私はそうではない。私は、家にかつて誰か居たような感じとか、何かの意図をもって改築されたような、古い家が好きだ。今の家も、築不詳(1970年以前の記録消失のため)と書かれていた家だ。おそらく不動産屋からすると、この物件は安いボロ屋で、そのあとの小奇麗でやや家賃の高いところの引き立て役として見せたものだと推測している。
ただ、私は、変に奥まっていてたどり着けない(実際に出前や宅配便が迷って電話してくる)立地も、あきらかに最初は家の外にあった風呂便所の上に、無理矢理屋根を付けて作った二階や(そのせいですこし傾いてる)、壁に残った何か貼っていたのであろうセロハンテープのあとだとか、そこにかつて居た誰かを強く感じさせる佇まいを、ひと目見て気に入ってしまった。
▲階段。超急(子供は這って登る)
▲風呂。なぜかプレートつき。

やったあ、こういう家に住みたかったのだ。
私は迷うことなくこの家を契約して、それ以来数年ここに住んでいる。ちなみに住んでみるとボロさに嫌になるとかそういうこともなく、ずっと気に入っている。ここが好きだ。 

映像研には手を出すな! をAmazonでパラっと1ページ目だけ見て買おうと思ったのは、つまりそういうことだ。変わったダンジョンのような学校とか、誰かが間違いなく住んでいたであろう家の姿なんかには、物語の存在感がある。私が家を選んだのと同じような感覚で、学校を選んだという浅草氏に強い共感を覚えた。こんな人物の出て来る漫画が面白くないわけがないと思った。

はたして、映像研には手をだすな! は非常に良い漫画だった。世界は物語に満ちている。そこにも、ここにも。



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2017年4月12日水曜日

サーボテスターを買った



サーボテスターを買った。サーボモーターはどんどん増えるし、外したり、壊れたり、壊れてるかなと思って外したけど大丈夫っぽかったりするし、そういうものを適当にあとで確認して片付けようと思っていると、あっというまにどれがどれだかわからなくなる。
というわけでサーボテスターである。

これは単純にサーボのテストをするためのもので、ニュートラルにしたり、任意の位置にしたり、自動で往復させたりできる。これがあれば、いつでもサーボが動くかどうかはプログラムの調子とは切り離して試せるし、ついでに取り付けのときなんかにニュートラルに戻しておきたいみたいなこと(割とある)があっても、すぐに戻すことが出来る。

安いしちっこいし、かなりやわい作りなのだけどなかなか便利なもんである。


2017年4月7日金曜日

ダイバージェンスメーターを進化させたい



私が家ではじめてキットでなく作ったのがダイバージェンスメーターのレプリカで、それが動画をアップロードし始めるきっかけでもあった。思いつきでしかなかったものが、それから5年以上が過ぎて、未だに動画をあげているというのは感慨深い。

まだこのダイバージェンスメーターは残っているし稼働もするが、とくに使いみちもなく放置されている。せっかく作ったものなので、何か動かしておきたい気持ちがある。それで、制御をRaspberryPiで行って、好きな数値をいつでも入れ替えて表示できたら良いなと思った。たとえば、自分のYoutubeのチャンネル登録者数とか、ラーメンタイマーとか、Rpiで動かせばなんだって出来る。
もはやソースコードも、回路図もないので配線をするのは割と面倒くさい。



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2017年4月3日月曜日

ギリギリロボット

ロボットを作りたいがそんな技術はない。そんな風に思っていた。しかしロボットとはなんだろうか。定義論の話ではなく、自分たちはいったい何をロボットと認識するんだろうか。そこをつきつめて、おもいっきり単純にして、なんか一瞬だけロボットに見えるかも、みたいなものなら技術とか無しで作れるのではないかと思った。


これが本当にロボットに見えるかどうかは置いておいて、なんか案外おもしろい感じになった。棒に刺したのは単に見やすくするためにしただけでなのだけど、それも含めてなんか可動式生首みたいな感じになった。

もちろんこれだけだと、子供が握った瞬間壊れるし、電池やArduinoをどっかに内蔵しないと駄目なので、もうちょっと工作の必要はあるけど、なかなか悪くない感じ。好き。



創作プロジェクト管理システムみたいなもの欲しい

作りたいもののアイデアは色々あるのだけど、なかなか会社員と子育てやってることもあり、そうそう進まない。何日もなんの進捗もないなんてこともザラにある。ひとまず紙に書いて適当に放置しているけど、そのうち何か分からなくなるし、なんとなくやることを記憶していることが、負担に感じ始めたりする。
TODOリストみたいなやつは今まで何回か使ったことがあるけど、あまり役に立たない。実際のところ紙に書くのと心持ちで変わらないし、製作などは長いし覚えておきたいこともいくつもあるし、それをチェックすること自体はさほど必要性の高いことではないからだ。おそらくそういうシステムが対象としているものより、もうすこしばかり粒度が大きいし、付随する情報が多い。
かといって、ちゃんとしたプロジェクト管理システムは重い。基本的に一人でやっているだけだし、ガントチャートやグラフ云々は必要ないし、担当者のアサインやリマインダも要らない。そもそもある程度短い期間で終わるので、そんなに壮大なもんでなくてよい。使わなきゃ良いと言われればそうだけど、もうちょっとスリムにしたい欲求がある。

各制作物ごとに進捗や日報的なものを記しておけて、関連するリポジトリとかファイルの添付が出来ると良いなと思う。ダッシュボードっぽい場所では最新の完成品や、更新中の作品とかがわかればいい。というかそれら含めてついでに全部公開できるようにしておいて、自分の作品のポートフォリオとしてまとめて人に見せられると良いかもしれない。

とはいえ、そんな要望に完全に答えるWebシステムなど(多分)無いし、こういうので、プログラマにはありがちだけど、「よし、おれのイメージするプロジェクト管理システムを作るぞ!」とかなると、自分の制作物がいつまで経っても出来ないので、とりあえずはAsanaを使っている。これだと無料でもプロジェクトをいくつでも作れるし、かなりイメージするものに近い。便利。

2017年4月2日日曜日

電子書籍を買うことに麻痺する

目の前のPCからいろいろなことが出来る時代にあり、休日の深夜に読みたかったけど手を出していなかった電子書籍を延々と買って読みふけってしまったりする。
今週何もできてねえ、みたいな焦燥とか罪悪感が、そういう無駄遣いを促進している側面があり、とはいえ、買ったって何も変わらんぞという気持ちがバランスをどうにかとる。ただ、時間が深まるほどに傾く。まんが道を全巻買って読んだりする。スマホゲーの課金みたいに、実体のない快楽が何かを麻痺させている。
スマホゲーに課金すると、電子書籍が手に入るとか、同じことだが、逆に、電子書籍買ったりするとスマホゲーの課金ポイントもらえるみたいな、そういう罪悪感とか現実感を相互に麻痺させる仕組みがあると、よりデジタルドラッグの実現に向けて世界が滑っていくのではないか。同じ世界の中で完結するのではなく、位相を変えた利益が存在すると、症状は一部の中毒者だけのものではなくなる。消費はやがて病状と認識される。あるいは現在でももはやそうである。



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2017年4月1日土曜日

ノラネコぐんだん おすしやさんがすごく良かった

ノラネコぐんだんはめちゃめちゃなことをする。めちゃめちゃなのに、誰も疑問を持たず全員一致で夜中に台車押してったりするし、めちゃめちゃなので問題が発生し、ごく常識的に(こんなことしていいと思ってるんですか、とか)怒られ、正座させられたりする。
ノリノリでやったバカなことをまともに怒られているシチュエーションというのが(当事者でなければ)、私はどうにも好きで、バカな人々をなんとなく愛らしく感じてしまって、ウフフと笑いがお腹からこみ上げてくる。
また、どのページも本当に絵が細かいところまで良くて素敵だった。
長男も三回も四回も読んでくれとせがんできて、そのうち自分で音読し始めて一人で笑っていた。



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2017年3月30日木曜日

100万円は遠い

今の仕事が好きで、楽しくやっているし、とはいえもうちょい給料はないと子供何人も大学に入れたりするには足りないヨネーってな話してた。で、Youtuberとして年間100万くらい追加で稼げば良いんじゃない? とか言って、ようし再生数の10%くらい稼げるとして年間に稼働日に1動画くらいで200動画上げるとしたら、って計算したら、1動画あたり5万再生だったので、そのあとは無駄話はやめて真面目に仕事した。



70再生くらいですが、うちの家族には大変評判のいい動画です。

2017年3月29日水曜日

誰かが傍にいれば楽しい

作り込まれた動画だけではなくて、Youtuber的な人が作った日記のようなものが伸びるのは、誰かぼんやり傍に居て欲しいみたいな気持ちが多くの人にあるからではないかと思う。すくなくとも自分は、一人暮らしをしていて家族が出来る以前には割とそういう気持ちが強かったような気がする。学生時代には、友達がゲームをしているのをぼんやり見ていたり、特に喋るでもなく車でドライブしていたりしてその気持ちは満たされていた。でもそのうち、みんな都会に出ていくか、田舎で結婚してしまって、ただ単純に時間を一緒に過ごすみたいなことをする機会を持てなくなった。
そういうのが、生放送とか、VLOG的なものを見て、一方的な親近感を覚えることで、多少満たされるというようなことがあった。寂しさを紛らわせるため、とかいうとベタっとした陰鬱な感じがするけど、それよりはもっと軽くて、知らない場所でも知り合いが居るとなんとなく安心するみたいな、それくらいのことだ。

2017年3月28日火曜日

くしゃっと笑う

長男はくしゃっと笑う。目が合うと、鼻筋にシワを寄せて、くしゃっと歯を剥いて笑う。次男もゼロ歳児にしてこれをやる。歯はないけど。微笑とか、はにかみではなく、笑うとは本来攻撃的なものであり獣が牙を剥く行為である、とかいうやつだ。

私は元来仏頂面で、あまり協調性とかコミュニケーションスキルとか持たずに、割とそういうものに苦労して生きてきたので、子供たちはともかく最低限、にこやかで出来る限りコミュニケーションに苦労しなければ良いなあと思って、目が合うと無理矢理にでも笑って見せるようにしたら、息子たちはみんな自分と同じような笑みを見せるようになった。

言葉より先に、表情によるコミュニケーションみたいなもんがあるのだなと思う。まだ全然しゃべれない次男がまじまじ私の顔を見てから、くしゃっと笑って見せると、「よう」と言われたような感じがして、また自分も笑う。ちょっとは何かが通じている気がする。

2017年3月26日日曜日

ポンプを使って水を押し出す



紙コップの自販機のように液体を流すのは、ごく簡単な仕組みでできる。ペットボトルのキャップに穴を2つ開けて、2本チューブを通して、片方から空気を吹き込めば、もう一方のチューブから押し出された液体が流れ出る。
必要なのは空気を吹き出す圧力ポンプだ。動画にあるようにごく小さなもので良い。これは割と安く買える。ただ、この方法が使えない、たとえば密閉できない水槽や池から水を汲み出したりするには、液体用のバキュームポンプが必要になる。


The Qというのは最近できたすごく面白い、工作のチャンネルで、上の動画もそこのものだ。このジュースの自販機を自作する動画を見て、子供が自分も作りたいと言い出した。仕組みは上述のとおり非常に単純で、楽しそうなので一緒に作ってみることにした。

材料は液体用のチューブと、圧力ポンプだけだ。チューブは前の記事にも書いたがモノタロウで食品用のものを安く手に入れた。ポンプは千石電商で¥400で売っているSeeed Studioのものを買った。ちなみに千石の通販ページではバキュームポンプ(真空ポンプ)として売られているが、Seeed Studio公式ページでは圧力ポンプと赤字で書かれている。わざわざ注記する調子で書かれているところからすると、当初の商品紹介は真空ポンプであとから修正されたのだと思うが、千石のページは直っていないのだろう。

作業は冒頭の動画のごとく特筆すべき点はない。ごく簡単で、なのに案外ちゃんと動いて楽しい。子供なんかと作るにはなかなか良い。


2017年3月24日金曜日

チューブが手に入る未来

子供がYoutubeで見た、ボタンを押すとジュースが出てくるマシンを作ってくれと言うので、エアポンプを電子部品屋で注文して、チューブはモノタロウで買った。
近所のホームセンターでもチューブくらい切り売りしてるわけだけど、モノタロウなら多彩な種類の、ものすごく細かいラインナップ(各商品の内径と外形の厚みの全ラインナップとか)が1mから買えたりするわけで未来感がある。
別にどんなもんでも良いだろくらいの気持ちだったが、さほど値段も変わらずジュースの自動販売機内部のホースに使える食品衛生法適合のものなんかもあるので、それを注文した。便利な世の中になった。便利=世の中である。

2017年3月23日木曜日

プログラマ10年

職業でプログラムを書くようになってから10年以上過ぎて、SIerでやたらExcelだのWordだの書かされた短い期間を除けば、運の良いことに、というか職業選択の妙で大半の期間を実際にコードを書いてきた。
他人とくらべて、技術面で上手くなっているか、というと色々怪しいけど、作業が生むストレスが年々減るのは感じている。簡単に作業を始められるし、続けられる。意識しなくても書いたコードを忘れないし、どれくらいの時間がかかるかとか、何が検討できていないとだめなのかとか、そういうことを感覚的にある程度の精度で計れるようになった。
たぶんすごいプログラマってのは、最初からこれくらい出来るもんなんだろうけど、自分でも10年ほどコツコツやってきたことで、こんな風に一応ちょっとプログラム書けるかも、と思えるくらいになれたというのは素直に嬉しい。飯を食うためにやってきたことではあるけど、愛着を感じる。

2017年3月16日木曜日

デパートは遠く

二○代になり実家を出るまでの間、田舎に住んでいた。学区内には本屋どころかコンビニすらなく、それがある隣の学区までは自転車で20分以上かかった。最寄りの電車の駅はバスの始点のひとつ次から終点まで40分以上かかり、運賃は¥500近かった。だから最寄りの駅のそばにある古びたデパートに行くのは、ものすごいお出かけだったし、外食なんてしようものなら有頂天だった。
今は地方とはいえ都市部に住んでいて、歩いていける範囲に本屋もイオンも駅も複数ある。子供たちは幼いころから日常的にイオンに行き外食をしている。それが悪いとは思っているわけではない。ただ、あの頃の、デパートに行くだけでウキウキしている気持ちが、自分の子どもたちには特に無いと思うと、ちょっとした断絶を感じる。とはいえ、便利なのはやはりいいことだ。

2017年3月6日月曜日

ソフビのウィーゴ買った



がっちり頑丈で、ちゃんと手足動いて、自立して、そんな感じのソフビのウィーゴ。ソフビだとサイズ大きい割に安くて嬉しい。もっと初音ミクとかもソフビのモデルとか作ってくれりゃいいのにと思った。

動画の中でもうっすら触れてるのだけど、口の部分が細く空いていて、底が外れるので貯金箱として使えそう。小銭でずっしりするとまた良いかもしれない。



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2017年3月2日木曜日

普通にしているオッサンの動画



自分の描いた絵が好きだ、というのは割と確固としたものとしてあるのだけど、動画とか自分が喋っているものでも、ついにクソほどどうでも良いことを言っていても、なかなか良いじゃん、とか思うようになった。俺の自画自賛はついに次のステージに進んだのである。

長らく、それこそ人生の大半で、自分の声が嫌いだった。もっと渋い声だったらいいのに、とか、本当にオタク丸出しのモソモソした声してんなこいつ、とか思っていた。その感想自体は特に変わらないのだけど、たぶん単純に年を取ったためか、それはそれとして自分の声だし嫌いではないかもしれないなと思った。

それと同時に、カメラ回しながら、自分のやっていることについて適当に喋っているのがなんだか楽しいような気がした。普段から、電子工作についてや自分の創作についてなどはさほど話す相手がおらず、とはいえ、90年台の前半にド田舎でオタクだった私は、趣味について人と話すようなことを経験したこともないので、それを苦にしたつもりもないのだけど、カメラを回して説明していると、なんだか晴れやかな気持ちになった。


あとは、私のブログやチャンネルは家族や旧知の人も見ているようなので、その人たちになんとなく毎日やっとります、みたいなことを伝えられても良いかなと思った。あるいは今は幼い子供たちが、普通にしている若い頃の親父の姿を見られたら、なんだか良かったりするかも(嫌だったりするかも)とかも思ったりする。
このへん含めて、やっぱりそんなこと思うのは、年を取ったのだろうな。



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2017年2月22日水曜日

ファミコンのコントローラーをPCで利用してみる


前回書いたけど、ファミコンを分解した。
これはファミコンのガワを使ったおもちゃを作るつもりだからなのだけど、コントローラーを制御することがごく簡単そうだったので、先にやってみた。ファミコンのコントローラーは基盤にソケットで刺さっていて用意に抜くことが出来る。ブーツ(線の出て来るところのカバーみたいなやつ)もスライドするだけで簡単に取り出せて、2つに別れる。本当にバラしやすくて組み立てしやすく可愛い機械だと思う。

うちには子供のころファミコンは無くて(代わりにパソコンがいっぱいあった)、憧れていたバイアスもあるのかもしれないけど、赤と白、赤と金という色の組み合わせも洗練されているし、デザイン的にはスーパーファミコンよりファミコンのほうが断然好きだと小さいときから思っている。

さて、コントローラーの制御の話。

ファミコンのコントローラーのボタンはHEF4021BPというシフトレジスタに接続されていて、シフトレジスタの一部のピンがケーブルから出ている。出ているケーブルのピンアサインは以下のサイトに詳細に書かれてあり非常に助かった。

新貴之の趣味のサイト 最終形態

これさえわかれば、あとはマイコンなどでシフトレジスタからボタンの状態を読んで、PC側に伝えてやればよいので、簡単である。



シフトレジスタというのは、いくつかの種類といくつかの用途があるようだが、ここでは複数のボタンの並列(パラレル)の入力を、一本の線からの直列(シリアル)なデータとして受け取るための変換ICとして使われている。ちなみにこの逆に直列のデータを並列として出力するというものもある。それらはマイコンのGPIO(入出力)を増やすために使われたりする。つまりシリアルをパラレルにする場合、一本の出力線で複数のLEDを制御したりできるし、パラレルをシリアルにする場合、複数のボタン入力を一本の線から受け取ったりできる。

どちらの場合も制御は簡単で、ICの機能ごとに微妙な差異はあるっぽいが、信号線からデータを読むか書くかして、次のデータに映るためにクロックピンをL→Hとすれば良い。

このチップの場合は最初にP/Sと表記してあるピンをH→Lとしなくてはならない。これで入力値がシフトレジスタ内に取り込まれる。注意すべきなのは、最初のビットはその時点で既に出力されるので、クロックを送る前に読まなくてはならない。そしたらあとは上記のとおりのこり7bit分を順次読み込めば良い。

どのボタンがどのビットに対応しているかわかれば、そこから先は好きに使えば良い。私はキーボードやマウス制御が利用できるpro micro互換機を使って、微妙にボタンが足りないDOOM用コントローラーを作った。それが冒頭の映像である。基本的には十字キーをWASDに割り振っているが、Bボタンを押している間だけ十字キーがマウスの移動になるようにしてある。

武器の切り替え等のキーが足りておらず、単体でゲームを楽しむにはやや非力だが、ちょっとだけ楽しい。




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2017年2月20日月曜日

雑に雑に雑に作る

今日読んだ記事。

とにかく雑に作れ – 東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト – Medium

本当に素晴らしい記事だと思う。
良く手が覚えているとか、手が勝手に動くということを言うけど、物を作るというのは本当にそういう部分がある。もちろん人それぞれ向かい方はあるかと思うけど、私の場合は完全にそれだ。絵も、小説も、ブログも、プログラムも、とにかく作ってみようというところから始まる。手を動かすためには、できるだけ、何々でなければならない、というところがない方が良い。上手くなければ、ちゃんとしていなければ、格好良くなくては、そういうあらゆることが作業を邪魔する。だから雑で良い。どうしてもちゃんとしている必要がある場合は、雑に作ったあとで、全部やり直せば良いのだ。

特に、まだ物を作るということに馴染みがない人には、ものすごく重要なことだと思う。創作に取り組み始めようとする多くの人が、全然取り組まないうちにやめてしまうのを見てきた。下手すると、何一つやらないうちに、始めようとした創作への取り組みを辞めてしまう人すら珍しくない。それは何故かと考えてみると、もちろん上手く出来ないとか、そういうこともあるのだろうけど、そもそも作業そのものが手につかないのだと思う。最初は下手なのは当然なのだから、とにかく作るべきだよ、とそういうときに言ってみても、通じた試しがない。むしろ、積極的に雑に作れ、と言うべきだったのだと上記の記事を読んで思った。作業が手に馴染んで来たら、やっとそこからどうやって物を作るか考えることができる。そうでないうちは、あまりに考えることも勉強することも多くて、上手くやることなど無理に近い。

自分も物を作るときに、ついついクオリティ側に傾いていって、面倒くさくなりがちで、しばしば雑でも良い、下手でも良いと自分に言い聞かせるところがある。しかしまだ甘かったな、と自ら思った。積極的に雑で、下手に作るべきですらあったのだ。なにせ私はいつでも沢山私の作品がほしいし、私の作品が雑だったって誰も気にしない。私すら気にしないのだから。

2017年2月10日金曜日

ファミコンは分解しやすかった

ファミコンで何かしようと思ってジャンクをヤフオクで落札した。


予想通り動作はしなかったが、思ったより美品だ。
時間をかけて漂白などする準備もしていたが、必要ないだろう。これにラズベリーパイを仕込んで、コントローラーなどもGPIOなどにつないでしまおうと思っている。とりあえず作業の計画を立てるためにバラしてみると、これが非常に分解がしやすくてよかった。
裏面のネジも基盤を固定してあるものもすべて同じネジで安心できるし、最近のゲーム機のように爪などでカバーがひっかけてあることもない。ネジを外せばぱっかりと開く。中身は余裕を持たせて作ってあり改造の余地は十分にあり、電源もケーブルが直接出ているので、簡単に横取りできそうだ。他に古いものを開けた経験というのはあまりないのだけど、昔の機械はシンプルで良かった、ということなのかもしれない。


コントローラーも大変シンプルで、各ボタンがシフトレジスタにつながっていて、必要な線だけがコネクタにつながっている。すべてはきっちり色分けされていて、その情報も少し調べるとネット上で見つけることが出来た。

とりあえず単体でテストしてみて、簡単に入力が拾えそうなら、もっとジャンクを買ってコントローラーを手に入れておきたいという欲求も出てきた。頑丈だし、みんなが知ってるし、良いデザインだし、適度なボタン数だし、電子工作のコントローラーにはもってこいではないだろうか。


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これではない。

2017年2月9日木曜日

Rasbian Jessie with PIXEL January 2017入れたらSSHで接続できなかった

ちょっと使うことがあったので、RaspberryPi 2 Model Bを引っ張り出して、新しいRaspbian Jessieのイメージを焼いたら、SSHで接続できなかった。これは単純に初期状態でSSHが無効化されるようになったためなので、焼いたあとのSDカードのドライブ直下にsshっていうファイルを作っておくと、有効化される。でもやっぱ接続できない。
さっきまではconnection refusedだったのがconnection resetに変わった。
/var/log/auth.log見るとssh_host_*のformatがおかしいっていうようなログが残っていて、/etc/ssh見るとssh_host_*が全部0byteで空になってる。そういうもんなのか、何か手順を間違えたのかわからないけど、とにかく再設定する。

$ sudo dpkg-reconfigure openssh-server

で、ちゃんと鍵が生成され直して、接続できるようになった。

2017年1月26日木曜日

ファミコン版ツイッターみたいなやつ

デイリーポータルでファミコンのカセットにシールを貼って、ツイッターとかフェイスブックとかのカセットを作るっていう記事があった。実際に使えるようなソフトが有るという話ではないのだけど、それなら自分で作るのはどうかと思った。
ファミコン本体にRaspberryPiを内蔵して、HDMI端子だけ背面から出してテレビとつなげる。Twitterクライアント自体はごく単純にWebアプリとして作ってキオスクモードで黒背景とドットフォントでデザインすればそれっぽくなるんじゃないだろうか。カセットは端子とマイコンをつないで、ファミコン側から給電されるようにして、UARTなんかでIDか何か応答するようにしておけば、カセットが変わったらソフトを変えるなんてことも、できなくはない。
なんてことを日々考えるが、結局作らない。
ファミコンのジャンクを落札するところまでは行っても、やっぱり作らない。
材料ばかり増えて、毎日が過ぎていく。見逃し三振の日々である。

2017年1月1日日曜日

あけましておめでとうございます

2016年、私はへろへろだった。

長男が幼稚園に通い始めた。協調性がなく、恥ずかしがり屋で、人の言うことを聞かないという自分の性格をがっちり受け継いでいるので、大変不安で、実際に何度か問題もあった。水筒を忘れて届けに行ったら、ちょうど先生が何事か全員を叱っていて、神妙な顔で聞く子どもたちの中に、うちの子だけ超退屈そうな顔で一人だけ机の上に座ってのけぞっていたりした。
もうちょっとちゃんとせいよ、と思わないでもないが、そこに私は自分を見てしまうし、人からどうこう言われて性格が治るなら、俺だってもうちょっとマシな生き方しとるわ、と思う。自分が運良く技術として習得した、真面目にやってるフリとか、人の話を聞いてるフリみたいなことを、息子にもどうにか教えないとなと思う。

オッサンになってから図太く無神経になってきているので、大概のことは辛いとか思わなくなったが、子供のことは結構つらい。幼稚園で叩かれてると聞いたりすると、キリとかでぷすぷす刺されてるみたいに痛い。ずるずる何日も引きずって悲しかったり、腹が立ったりする。自分はなにかあると、偉い人相手でもほとんど空気を読まず、その場で文句を言うような人間なので、どうにもできない状態でやられると、だいぶ打たれ弱いのだということが分かったりもした。

それから次男が生まれた。一人目のときはそこまで大変だと思わなかったが、子どもが二人になると一気にハードモード感が出てくる。妻が入院している間の、数日間の息子との二人暮らしは、なにか非常に親密な感じがして得難い経験だったが、妻が退院してくるともうお祭り騒ぎである。乳児はいつでも起きるし泣くし吐くし、そのうえまだまだ手が離せない幼児が日に日にパワフルになって暴れまわっている。次男の風呂からあがったあとの服を着せるのは私の仕事だが、何が不満なのか、次男は100%かなり激しく泣いて服を着るのを嫌がる。ひんやりするのが嫌なのかと思って服を温めてみたり、おもちゃで気をそらしたりするが、根本的な解決には至らない。もう少し大きくなれば、長男のときでもそうだったが、私にもなついて多少の時間ならおとなしくしているようになるだろうが、まだまだしばらくはかかりそうである。

掛け値なしに子どもたちは可愛い。成長が楽しみだし、子どもが優しさや気遣いを見せると誇らしい気持ちになる。とはいえ、へろへろはへろへろだ。なんとか疲れすぎないようにやっているので、どうにかなってはいるが、制作動画を上げたり、作品を作ったりは全然手付かずになっている程度にはいつでも疲れている。

2017年は、なんとかこういうのにも慣れて、またちょっとずつ何か作れたらなと思っている。