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2020年7月1日水曜日

向いてなかった。良かった。

ごく短い作品でも打ちのめされるようなものを作る人がいて、そういうものを見るたびに、まったく自分の作っていたものの先にこういうものは無かったと思う。だからまったく自分は向いていなかったなと思う。意図したことじゃなかったけど、やめて良かったようにも思う。
あるいは、やめたからこそ、こういうものを、無駄な技術への執着なしに書こうとすることすらできるのかもしれないとも思ったりする。超ポジティブ。

2020年6月26日金曜日

vue-cli-plugin-electron-builder+sequlize+sqlite3をつかう

調べるとあれこれ方法は書いてあるんだけど、たぶんバージョンとか環境ごとに微妙にいろいろ違うっぽくてうまくいかず、いくつか試して一応動かせた。ちなみにElectoronのVerは9。

  1. npm install --save sequelize sqlite3
  2. npm install --save-dev electron-rebuild
  3. ./node_modules/.bin/electron-rebuild  -f -w sqlite3
  4. vue.config.js のexternalsを追加
module.exports = {
  pluginOptions: {
    electronBuilder: {
      externals: ["sequelize"],
    },
  },
};


2020年6月4日木曜日

SBH82DはWindows10のPCのヘッドセットとしては使えなかった

SBH82DっていうSONYのヘッドセットを買った。



耳をふさがない形なので、つけてる間も周りの音が聞こえるし、テレビ会議なんかに使えるかなと思ったんだけど、困ったことにWindows10と接続するとヘッドセットのプロファイル側(HFP)が、Windowsからは認識されて音も出力されてる(インジケータが動く)のに、全く何も聞こえない(マイクは生きててちゃんと動く)。
ネットで調べると、そもそもスマホ用のものでPCとは接続できなくても知らないみたいなことをサポートから言われたってんだけど、それだとHFPの標準規格に準拠してるって謳ってるのはどうなんだよという気もするが、とにかく使えない。
何度もデバイスマネージャからデバイスを削除してみたり、ちゃんと動くA2DPのほうだけ一旦消してみたり、やれる限りのことはやってみると、時々つながったりもするんだけど、一度切断するとまたつながらなくなるし、同じ手順で復帰させようとしても再現しない。
イヤホン自体は結構いい感じなのに非常に惜しい。

ただ、そもそもBluetoothでWindowsにつなぐとマイクの音質が酷いという問題があるのと、自宅にはあれこれマイク類があるので、電子会議システムのデバイス設定なんかで、出力側はA2DPの音質の良いものをSBH82Dから鳴らして、入力側は普通のマイクを使うというやり方でも良さそう。

2020年5月26日火曜日

緊張感

割と趣味とか興味の範囲が自分と近しい業種にうつってから、長らく忘れていたけど、もっと会社で喋るのには緊張感があったなと思い出した。工場とか、スーパーで働いているときは、同年代でも無ければ、まず普通に話が通じるかというか、その人にはどういう切り口で話せば話を聞いてもらえるかみたいなことを考えていた。
今の職場なら、ある程度理詰めで温和に喋ればそこまで失敗することもないけど、それはある程度同一の価値観の範囲内にいるからで、理屈なんぞ正しくても、いきなり喋りに来たからという理由だけで全く聞いてもらえなかったりとか、知らないやつだから聞いてもらえないとか(同じ会社の人でも)、そもそも理屈で喋るやつは気に食わないとか、そういうことは普通にある。これは良し悪しではなくて、ただ、ある。
私はコミュニケーションスキルが高い人間ではないから、そういう諸々はとても苦手ではあったけど、なんとなくそういう全く自分とは違う手順で行われるコミュニケーションみたいなものが、案外嫌いではなかったような気がする。
どういう理屈でこの人は物事を考えているのか、その理屈の中では自分はどんな風に見えてるのか、そういうことを考えながら喋るのは割に楽しいことであったような気すらする。その当時にそういう緊張感を楽しめていたかというと、ちょっと自信がないけど、今思い返せばそういうものも懐かしく感じる。

2020年5月22日金曜日

特になにもない

ちょっとなにか書くことを続けようと思って、何もなさに驚いている。ここまで何もないってこともあっただろうかという感じである。これは自分が老化してきているせいなのか、一日在宅勤務で気が散るということが少なすぎる生活をしているせいで、正面にある問題解決以外の何もできなくなっているのか、その両方なのか、驚くほどに何も思いついていない。
首都圏以外はもう緊急事態宣言も終わるそうで、このままちょっとした数ヶ月の停滞があっただけみたいに記憶されていくのか、それともこのあとも何度か揺り戻しのように都市が閉鎖されたりすることが続くのか、あるいはそれが習慣のようになった世界で生きてくのか、案外これ以上経済的に持ちこたえることは不可能になって、病気があることなんてどうだって良いことだと開き直って普通に生きていったりするのか、私には全然分からない。
しかし、生活というのは続くのだろうし、続くのであれば、ある種の陽気さとか、創作性でもって、楽しくやっていくことはできるんでないかな。

2020年5月21日木曜日

年をとったなりのやり方

中学生とか高校生のときに書き得たことがあって、毎日のようにそういうことを書いていて、今アーカイブとかから拾うと驚くほどにどうでも良くて、何一つ面白くなくて、何を思ってこんなことを書くべきことだと信じていたのか、と思うのだけど、その書いていたという事実だけでも非常に凄いことだなと思う。
それが億劫になったり、恥ずかしいと感じるようになってしまったのは、賢くなったと表現できるのかもしれないけど、明らかに自分というもののためには後退であったという気がする。成長ではなくて、明白に失ったものがなにかある。しかし取り返せないことでもない気がする。だから書いている。
自分が書くべきことなど何もなかった、と思ったことがあって、福満しげゆき先生の漫画にも、それは人の作ったものを自分のもののように感じていただけだ、とあった。それは多分正しくて、でもそこから導き出す結論っていうのは、だから自分のものではなかった、ではなくて、昔の自分は人のものを自分の体験のように感じる強い感性があった、ということなのではないかと思う。その感性さえあれば、今だって昔のように強い動機や、書くべき何かを取り戻すことはできるんではなかろうか。
もちろんそのまま感性を取り戻すというようなことは難しくても、注意深く研ぎ澄ますことで、世の出来事や、物語に共鳴する部分を見つけることはできるんじゃないだろうか。年をとったら、年をとったなりのやり方がある。

2020年5月19日火曜日

サンドボックス

雨降りが続いて気だるい。
長男の宿題も終わってしまって、とりあえず家にあった青い鳥文庫を読ましたりしている。私は言われなくても本を読む子供だったけど、長男は物語というものにあまり興味を示さない。子供というのは、驚くほど自分に似ているなという部分もあり、全然違う部分もある。兄弟ですら、興味を示す範囲が違うし、それは育った環境というよりは、生まれついて何かしらの形を持っているような感じがする。
最近はなにも手元にないような気持ちがずっとしている。サンドボックスゲームで、次にするべきことが何なのか検討もつかず、なんとなくゲームを辞めてしまうときのような感じ。こういう瞬間が人生には何度もあって、そのたびに色々なことをやめてきたけど、人生そのものはなんとなく続いていく。そうして、それでは駄目だろと思って、なにかを少しでも作りさえすれば少しは進むんじゃないかと思って、今度こそ自分にもなにかできるんじゃないかと思って、こうして文章を書いている。
今まで続けられたこともないけど、今度こそ続くんじゃないかと思って。


子供はとにかく物を作ることが好きで、ゲームが好きで、何かしら物を作ったりするゲーム感のある小説とかないのかな、と考えていた。SFなんかはそれっぽいものも多いけど、児童文学のSFはあまり良く知らないし、SFたるものにあんまり興味がありそうでもない。で、ちょうど見つけた。



ゲームだしクラフトだ。

2020年5月14日木曜日

真夏日

最高気温が30℃を超えると真夏日と言うそうで、そんなわけで連日真夏日である。
在宅勤務の最初の高揚感も過ぎて、今は普通に仕事をやってる。能率は相変わらず良い。
最初のうちは何かちょっと体痛い感じがするとか、キーボードのタイプの感触が変わってちょっと変な感じとかあったけど、それもなくなった。もはやただただ快適に仕事をしている。しかし快適であることへの感動が薄れてきた。これって在宅勤務終わったときのダルさみたいなの凄まじいことになんじゃないかと思って、今から戦々恐々としてる。
昼の休憩時にコンビニに行こうと思って家を出ると、満面の笑みで次男が裸足で家から駆け出して追いかけて来た。鍵を締めても灯油のポリタンクを押してきてよじ登って開けたりと妙に器用で困る。ちょっと家の外に世界があることを思い出すと、唐突に猛ダッシュで家から駆け出そうとするので、私自身も何度か裸足で全力ダッシュをする羽目になっている。
もっともあと一年もすれば、ここまでの天真爛漫な行動というのは消えてしまうのだろう。
これくらいの記憶は、本人すら覚えていないだろうし、我々夫婦だけが後生大事にもっていくのだ。

2020年5月11日月曜日

毎回こんな感じに夏が始まっている気がする

最初に就職したころも、まともに小説が書けるようになるまで一年近くかかったなと思いだしたりする。
子供が生まれてからこっち、あまり安定した余暇を確保した生活というものを持てなかったけど、どうにか最近少し慣れたかなと思ったら、未だかつて経験したことのないような在宅勤務だの、なんだのでもう作業どころかちょっとした部屋の模様替えすら落ち着いてできないような状況。そうして、そのような状況すらも、そろそろなにかしなきゃなというような気持ちになって来てはいる。
そうしてそれは、この生活の中でちょっとどうにかするとかじゃなくて、そもそもここ十年くらい本当にやりたいことを、信じられないような遅い速度でしか出来なかったこと全てに対する後悔みたいなものが、そろそろ限界に達しているのではないかというような感じもする。このまま思うような作業が出来ないままになってしまうみたいなことが、現実味を帯びる年齢になっている。
今日は真夏日だそうだけど、空調の効いた部屋に一日いると、どこか遠いところの話みたいに感じる。
次男は寝る時間になると寝室を抜け出して私の部屋に入ってくる。母に抱き上げられて寝室に戻るときに、Google nest miniとClova Friends mini(SALLY)におやすみを言った。

2020年4月19日日曜日

在宅勤務しはじめた。

人生の大半を地方のブラック企業とか、派遣社員とか、割と古い非IT系の企業で過ごしてきたので、プログラマとしてよく聞くような働きやすい職場環境というものとは無縁だった。在宅勤務どころか、ヘッドホンの着用も許可されてないし、パーティションもなければ、ひっきりなしに誰かが入ってきたり電話が鳴っている場所で、最悪のときは寒くて湿度の高いエレベータホールの脇で働いてたこともある。ただ、図太いのでそこまでそういうのを本気で気にかけたこともなかった。もともと学校の授業を受けつつ小説を書いたりしていて、集中できない環境下での作業が得意だという自負もあった。
それが昨今の緊急事態宣言の云々で、ついにおらが村にも在宅勤務が来た。

で、どうだったかというと、普通に働けた。日頃と何も変わらない。もともとプログラム書いてはGitにコミットして、プロトタイプ用の環境にリリースして、クライントが確認結果をチケットシステムに上げる、みたいなやり方をちょっとずつ自分の会社に導入していたので、当たり前だけど完全にそのまま働けた。

じゃあそのまま同じだったか、というとそうでもない。最近年をとってきて、夜が近づくにつれて疲労感を覚えたり、週の後半は集中力を欠くなと思っていたことがあったのだけど、それがなくなった。家で働いてみると、自分が仕事をしていて感じるストレスとか、疲れみたいなものの殆どは、どうもその集中できない環境下で集中することに支払われているコストなのだと気づいた。だから在宅勤務になってから疲れてない。せいぜい、逆に集中の持続時間が長すぎて、やや肩が痛くなりやすくなってるくらいだ。ここに来て20代の頃くらい働けてる。
仕事自体の効率というのは、なかなか単純比較しづらいけど、少なくとも下がっているってことはないとは確信を持って言える。根拠を示せ、と言われると難しいから断言しづらいけど、たぶん少なくとも1割2割は作業量が増えているという気さえする。
明らかに良くなった。

だいたいもとから日常的に自宅で自分のためにプログラム書いたり、作業しているんだから、家で作業できないわけがないし、そのときには仕事で感じるような疲労感を覚えることなんて殆どなかったんだから、そりゃまあ当然できるわなという感じである。
反面、うちの会社でももともと家に作業スペースがない人(の方が多いっぽい)とか、家でなにかを作るというような習慣を持たない人は、それなりにキツいのかなという感じもある。ただ、個人的には本当に在宅勤務最高なので、このまま制度化されてくんないかなという感じである。
もしこのあとまた会社に来いと言われると、まあ、ウヘーという感じであるし、完全在宅可能な会社に転職してしまおうかという気にもなってきている。もっとも、この緊急事態宣言がいつ終わるのかもしらんけど。




6月くらいに新しいのが出るっていう噂があるんだけど、在宅勤務用に買った。

2020年2月4日火曜日

毛布では抑えつけられない存在の軽さ

重い毛布使ってみたけど、よくわからなかった。特に寝苦しいって感じることもなかったんだけど、ぐっすり眠れたって感じも特になし。しいて言えば重くて寝るときに邪魔くさいから結局しまってしまった。
Boost noteの新Verがまだ安定してないので別の試してみるかと思ってNotionを多少試してみたけど結構いい。文書を単純に書いていくというよりは、まずその文書を分類するためのページを作って、そのあとサブページのような形で文書を作成したりできる。そのサブページのリストをメイン側のページで一覧やカレンダー、カンバン方式のリストみたいなビューとして表示できる。
あら素敵。ただノートが素敵でも自分が特に色々書けるようになったりはしない。



2020年1月27日月曜日

ちょっとだけ動くロボット

ロボットを作りたいという気持ちはずっとあるんだけど、ちゃんとしたやつの話ではない。実際に歩いたり動いたりするみたいなものは、あんまりにも大変だし、そんなに興味がなかったりもする。私が作りたいなと思っているのは、生きてるっぽい、という風にちょっとだけ思えるくらいのものだ。
それで以前、ランダムに首を振る箱のロボットとか作ってみたんだけど、今ひとつかんばしくない。ランダムはやっぱりランダムなので、生きているというよりは、やっぱりただただ適当に動いているように見える。人はそんなにぶんぶん適当に首を振ったりしない。
それで考えたのだけど、もしかしたらほとんど動いていないくらいのほうが、逆に生きてるっぽいんじゃないだろうか。
呼吸してるくらいとか、静止しているように見えてちょっぴり上下してる、みたいなものを作ると意外と生きてるっぽく見えたりしないだろうか。ちょっと暇を見つけてやってみようかと思う。



2020年1月23日木曜日

宿題をやる長男

風邪が治った、といいつつ何かしらの咳だの痛みが滞留している。
治りの遅さに老いを感じるし、やがてこういうものが慢性化して痛みとともに生きていくことになるのかもしれない。長男は宿題をやり始めると常に色々”ながら”をしてダラダラやるんだけど、何時までの空いてる時間でゲームしていいよ、とかなると本当にあっという間に集中して終わらせたりする。すごい自分に似てる。
ちなみに子供の宿題をさせるコツ、というかこんなもん人に教えるときは同じだろうけど、「ちゃんとやりなさい」と言ってもほぼ何の効果もないので、横について「ほら次の問題なんて書いてんの? 難しくね?」とか一個一個するとやる。ただ自分が宿題をやっていた記憶がなく、出てなかったのか、覚えてないのか、やってなかったのか自信が持てず、こんなに真面目に毎日やらせるもんなのかなと思ったりしている。
まあ、やって悪いってことはないだろうけども。

2020年1月20日月曜日

リュックから鈴の音が聞こえる

次男は私が帰ってくると、玄関まで出迎えてきて「ボール」って自分の持ってるボールを見せてくることが多い。これは、特にボールを触ってなかったっぽいときにもわざわざボールを持ってくることすらある。
次男はボールが大好きで、それまで触ってなくても、出かける段になるとお供にするボールを探し始めたりするくらいで、うちにはもうそこら中に小さいのから大きいのまで色々なボールが転がっている。気づけば、私のかばんにすら入り込んでいて、会社に鈴入りのボール持って出社していたりする。
なぜ私にボールを見せてくるのか、ということについて、未だ複雑な会話に成功していない状態ではよくわからないのだけど、自分が好きなものは、きっと人が見てもいい感じがするはず、とかそういう気持ちなんではないかなと思う。
そういうのって自分が動画で物作って人に見せようとしたりする気持ちと同じかもしれない。そういうシンプルな押し付けがましさでもって、人に面白いものを投げつけていくほうが楽なのかもなと思う。

2020年1月18日土曜日

やっと治った

熱も下がってやっと落ち着いた。会社に出勤してからも調子が上がらず、なんとなく体は痛いし集中力は削がれるわでキツかったのだけど、自分が老人になってからも働いてたらこんなもんなのかなと思った。
へろへろになっていると一週間が飛ぶように過ぎて、何があったかよく覚えていない。熱に浮かされて最悪の気分のときに、アップルサイダーみたいなジュースがあったらいいのにと思って買った缶ジュースがちょうどよくて助かった。


2020年1月15日水曜日

病院のコーヒーは種類が少ない

インフルエンザだといけないので朝から病院に行く。
待合所はお年寄りでごった返している。おじいさんがおばあさんを車いすで押してきて、自販機のコーヒーにはフタがあるやつの選択肢が少ないとぼやいていた。診察はすぐに終わって、インフルエンザではないとのこと。薬をもらって帰る。

重い毛布が届いた。まだ寝てないけど、思ってるよりさらにだいぶ重い。ドラゴンボールで悟空が着てた重い胴着みたいな重さ、落っことすとズシーンってなる感じ。これで寝てたら、ものすごい速さで動けるようになるんとちゃうか。


風邪と料理

風邪の熱で朝も昼もなくなって、起きているのか眠っているのか判然としないまま転がっている。37度くらいだし、そこまで酷い気分でもなくインフルエンザなどではないのかなと思う。一日が気付かないまま過ぎている。

実際に作ることは少ないのだけど、趣味で料理のレシピ本を買っては読んでいる。おいしそうな料理の写真というのは見ているだけで楽しい。いつか作ることがあるかもしれない、と思って本ばかり増える。
本当のところは、良くできたものを作るよりは、適当にある肉とか野菜で間に合わせの家族の食事が作れるみたいな能力が欲しいなと常々思う。最近はほんのちょっとだけ休日などでは自分が飯を作ることもあり、そのたびに俺の作る飯はあんまりうまくねえなあと思っている。妻はそうでもないと言うのだけど、人の作った飯のほうがいつだってうまい。



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2020年1月14日火曜日

風邪の日

体がキシキシいっているので布団に潜り込んだ。屋根のまだ向こう、上空でヘリの飛ぶ音が聞こえる。
長男が寝室に入って来て言う。
「ぼくのおにぎり弟にあげたよ」
頷くとにっこり笑う。
「やさしい」
「やさしいなあ」
同意すると隣の部屋にゲームをしにいった。
ヘリの音はいつのまにか消えている。

重い毛布と風邪

長男の体調はだいたいマシになったけど少し熱があり、気づけば自分が風邪をひいてる。体の痛みとかだるさでウンウン言いながらスマホで買い物してると、なぜかカードで決済出来ないとか出て、期限も残高も問題ないしなんでやねんとなる。
朝が来て子供を用心のために休ませて、カード会社に電話しようと試しにもう一度決済してみたら通った。単なるシステム障害とかなんだろうか。節々痛いので会社を休む。

重たい布団だとぐっすり眠れるというような話を見て、物は試しに注文したのである。深い眠りが毎日少ないとスマホに表示されているわけですが、これでちゃんと眠れて健やかで人付き合いの出来る人間になれるとよいね。



2020年1月13日月曜日

うたたねの人生

妻が用事で一人で出かけたので、次男はほぼ初めて長い時間母親から離れていた。泣いたりするわけでもないのだけど、いつもほどのびのびと暴れず、ずっと私の膝の上から離れないでいるので、不安なのかなと思う。妻が帰ってくると、抱き着いて次にすごい勢いで泣きながら怒っていて、置いていかれたという感じがあるのだなと思った。
同時に長男が熱を出してたりしていて、まあ寝かしていただけなのだけど、どうも落ち着かない日だった。

Xiaomiのmi band4というスマートバンドを買って適当につけてるのだけど、どうも深い眠りが短いと毎日表示されている。自分がそんなに眠いかといわれると、確かに土日には必ず昼寝をしているけど、こんなもん人生通してこんなもんじゃなかったかという気もする。ひとまず寝る時間に近くなったらあまりカフェインを摂らないようにしたりはしてるのだけど、あまり効果があるようにも見えない。
人生というのは眠いものだという風に解釈していたのだけど、もしかしてそうでもなかったりするんだろうか。しかしそうじゃなかったら、自分の40年近い人生はいったいなんだったのかという感じもする。




2020年1月8日水曜日

ぴかぴかの雪平鍋

実家にある麦わら帽子みたいな鍋用の雪平鍋をうちでも買った。キッチン用品とか、便利グッズなんかを買うと、なにか生活が変わるかもしれないという期待がある。実際には生活が変わるのは既存の何かを整理したり、見直したときであって、追加というのはさほどの差にならないことが多く感じる。でも新しいからピッカピカでいい。実家にあるのはくすんだ色だけど、こっちはピッカピカだ。実家のもの昔はピッカピカだったろうか。記憶にある限りずっとくすんでいて、元からそういうものだったかなとも思った。

整理したり見直したりしないとダメだってのは、なんだってそうなんだよなと思っていて、ダメなWebシステムはいつまで経っても壊れてるところとか、よくない仕様のところが直されないで残るし、変更はいきなりエイヤでやって、そのせいでまた他の問題を生むし、生んだら生んだでまたそのまま残ったりする。
たぶんなんだって最初に作った段階で、キッチリと良いものにするというのは至難の業で、悪いところを見直す、自分の失敗を認めてやり直す、というのは絶対的に必要なのだけど、意外や意外、プログラムなんかではその作業はびっくりするほどちゃんとやられない。
なんでかっていうと、それはゼロから作るよりつまらないし、小手先で穴を防ぐような修正をするより圧倒的に難しいからだと思う。それに良くないものを直すのは、不安の伴う作業だ。ない状態から作るなら、ない状態より悪くはならないことが保証されているし、表面上の問題だけ直すのも同じだ。でも、何かを変えて違うものにし直すのは状態の悪化が発生しうる。
そして不安というのは、何をやるときにも、大きな障害になる。

年をとって、気づけば若いころよりずっと不安になることが増えたし、傷つくことが増えたような気もする。一時期はどうすれば不安にならないか、傷つかないかと考えたこともあるけど、40も近くなって、図太さも一緒に獲得しつつあり、もう不安になってもよいか、傷ついても別に良いかと思って生きている。別に誰が悪いわけじゃなくても、不安にもなるし、傷もつく。老いて弱くなっていく。そういうもんっぽい。



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