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2016年5月5日木曜日

子どものプログラミング教育について考える

子どものプログラミング教育を必修化しようなんて話があるらしい。

個人的な話で言えば、私がプログラミングの概念というものをある程度理解したのは小学校の頃の話だ。前にも書いたが、アスキーが本にフロッピーをつけて売っていた、ゲーム向けC言語風スクリプト言語(マルチゲームScripter)を独学でやったことで、基礎的な部分だけではあるが、理解することができた。そのときのことは衝撃的だったからよく覚えている。最初は小学生の私には全く意味がわからず、とはいえ、クリスマスプレゼントでねだって買ってもらった以上やらずに放置するわけにも行かず、何か月かたまに開いては何もわからないままサンプルをいじることだけを繰り返していて、ある日突然と、いったい自分が何をやっているのかということが分かるようになった。

それで何がわかったのか、というとなかなか良い表現を思いつかない。たとえるなら、全くわからない言語を喋る人と話し続けているうちに、その言語では語順や発音によって意味が変わるのである、というような最初に理解するべきルールの存在に気づいたというような感じだ。単語はまだわからないものがたくさんあるし、その発音や語順にどういう意味があるのかわからないものだらけだが、少なくともどこに注目すれば良いのかを理解したという感じ。
それがわかれば、あとは辞書を引いたり、差異に注目すれば、勉強をしていくことができる。それでちゃんとした話者になれるかとか、その言語で小説を書けるようになるかというのは全く別の話ではあるが、基礎的なルールセットがわかれば、最低限その言語を理解できるようになる。

プログラミングの学習をやるのであれば、そのルールセットを理解させることに集中すべきだろうなと思う。そして、そういうことが自分にも、学習によって理解できると気づかせることこそが、最も重要な部分だ。実際のところ、それを自分で理解することが出来たという経験こそが、私の拠り所である。全く理解できないようなことでも、多くの人に分かっていることなら、自分にだって分かるようになる、そう確信しているから今までやってこれた。

つまり今まで無数に出会ってきたような、何を説明しても私にはわからない、と考えることや学習することをやめるような人間にしないために、プログラムを教えるのだ。今わからないことも、分からないなりに続ければ分かるようになるし、分かる状態というのは分からない状態と地続きなのだと、感覚として分かって欲しい。

それが必ずしもプログラミングによって達成する必要があるかというと、そうではないが、しかしプログラミングは手軽である。手元にあるパソコンを使えば一円もかからずに始めることができるし、ネット上にも情報が溢れかえっている。

自分にも幼い子どもが居て、そう遠くない将来にプログラミングを教えるだろう。自分はたまたま分からないことを分かることが出来るのだということに気づくことが出来たが、子どもはそうとは限らない。だから、それに気づける手助けができると良いなと思う。もっとも学校でのプログラミング学習というものに期待は特にしていない。私の中学時代にも技術でBASICをやることがあり、教えている教師を含めてほとんど誰も分からないまま、教科書のプログラムを写すだけの授業だったが、(もちろん、ものすごく良い授業をする人も居るだろうけど)平均レベルでそれを大きく上回ることはないのではないかと思っている。



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