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2018年5月14日月曜日

電子の海底の決着、あるいは、10年前に投げた球にデッドボールを受けた話

その昔、今はもう懐かしいホームページ、みたいなものを作っていて、それが電子の海底というWeb小説のサイトでした。当時、私は小説家になりたくて、というより、おそらくはあまりに酷い労働環境でゴミの用に扱われていることが辛くて、自分が小説家になるという夢を抱いていました。

とはいえ、月の手取りが13万くらいで、残業代も出なければ、来る案件は大半炎上しているようなSIerで働いているのは辛くて、いつのまにか小説を書けなくなっていました。自分の書くものに、常にこれではいけない、これはつまらないというような強い批判精神みたいなものを持ちすぎたこともあるのかなと思います。それは上手くなりたいから、とにかく自分に厳しくあろうと思い続けた結果でしたが、そのうち小説を書くのは私にとって苦痛になりました。今も、月日の経った今ですら、小説を書きはじめようとすると手が止まります。
私は、仕事でも、日々の行動でも、絵を描いたりすることでさえ、とにかく滅法手が早く、止まることなどほぼ無く、それだけが殆ど自分の取り柄というべき人間なのですが、小説だけはビタッと手が止まります。
そんなわけで、電子の海底は閉鎖されました。直接的な原因がなにかあったのか、よく思い出せず、自分の持っている範囲での過去ログを探してみたりもしたのですが、小説はともかく日記は残っておらずわかりませんでした。ただ自分が覚えていないくらいなので、なんとなくそんなものはなかったような気がします。電子の海底は、たぶん、ふわっと終わったのではないかと思います。

それが約10年ほど前です。

私はその後、会社を辞めて職業訓練に通ったり、派遣社員になったり、また雇われたり、結婚したり、子供も二人生まれました。10年というのはそれくらいの時間です。私はもう自分が個人サイトでWeb小説を書いていたことなど、ほとんど綺麗サッパリ忘れて、その後ニコニコでちょこっとだけウケた技術部動画を上げたり、未だに多少のアクセスの有る艦隊くりっかーの作者である、というようことでネット上のアイデンティティの構築をしていたような気がします。変なことをしている技術者のおじさんというのが、自分の代表人格であるように感じていました。
現実の知り合いには、私が小説を書いていたことを知っている人は居ますし(というか妻もそれ以前からの付き合いなので私の書いたものは大半読んでますし)、自分が小説家志望のやせっぽちだったことは隠しようもない事実なのですが、10年の経過が私を小太りの技術者に上書きしていました。
覚えてはいても、その事実は今の自分と地続きではない。
もう誰も覚えてやしない。それは死んだのだ。と。
そんな感じがしていました。
すくなくとも、だいたい10年間はそんな感じだった。

10年を迎え、いきなり風向きが変わります。

今年の2月に、ツイッター上で私の小説を読んでいたという人に話しかけられるということが発生しました。WebArchiveから登録したまま放置していた他のサービスを経由して、私のツイッターアカウントを見つけたとのことで、私の書くものが大好きだと言ってくれました。私は大いにうろたえ、同時に喜びました。何がおこるかわからんもんだ、と思いました。そりゃ何人かは私の小説を読んでいた人も居るだろうけど、まさか10年もしてから声を掛けられることがあるとは。
これだけでも何年もの間、小説を書き続けた甲斐があった。
私はその出来事を、プライベートな日記帳に書き留めて、もうこんなこともなかろうと思いました。これで、あのブラック企業に勤めていたころの思い出も、これでハッピーエンドになったのだと思いました。
やったな、10年前の自分。君は小説家にはなれなかったけど、そこそこ幸福な技術者にはなれるし、10年経ってもまだ君の作品を覚えてくれている人もいるよ。
まったく身に余るくらいのラッキーとハッピー。これ以上望むべくもない。



しかし、おかしなことは立て続けに発生するものです。

それがこれ。



なんか、結構有名っぽい人にWebArchiveのたどり方まで含めて紹介されとるー。

自分の書いた小説を公開したり、動画で喋ったりする人間なので、基本的に自分のやったことを黒歴史と思ったりもしなければ、それを公開したりすることにもさほど抵抗はないんだけど、さすがに狼狽した。何が起こるかわからん。わからなすぎだろう。人生。

正直なところ、私は面白がっています。たとえば貴方が、若い頃の衝動に任せて中二病っぽいノートを書いて友達に見せていたとして、10年後の同窓会にそれを友達が持ってきていたらどうか。
それで馬鹿にされたら辛いだろうけど、面白くてずっと持ってたと言われたなら、恥ずかしいながらに、なんだか誇らしいような気持ちがするのではないでしょうか。それが、私の場合、インターネットを経由して、10年前には存在していなかったVTuberの放送の形になって戻ってきた。投げたボールが10年経ってめちゃめちゃ曲がって、ついでにドローンになって帰ってきたような感じ。それってなかなか面白いなと思ったのでこのエントリを書いてみました。
こうして書いたエントリが、またどこか、もしかしたら、まだどこかにいるかも知れない私の小説を覚えてくれている人に届けば、本当に嬉しいなと思います。そうなれば本当に愉快です。



小説を書いていてよかった。
私は人生の夢に破れたのだと思っていた。人生の10代の後半から、20代いっぱいくらいを無駄にしたと思っていた。自分のサイトに載せるだけの、どこに発表するでもない小説を書き散らすだけ書き散らして、そのうえ書けなくなってしまって、もっと上手くやれば小説家になれたかもしれないのに、そうならなかった。失敗したのだ。
しかし、それは無駄ではなかった。
この広い世界に、ほんの何人かでも、私の小説の読者がいて、10年過ぎても、まだ覚えてくれているのだ。そういうことを夢想したことはあっても、本当にそんなことがあるとは考えもしなかった。嬉しくて、嬉しくて、手が震える。私のすべての創作は報われたのだと思う。
ほんとうに、小説を書いていてよかった。

読んでいてくれて、好きでいてくれて、本当にありがとう。



P.S. 最終回あります