アンソニー・ボーディンは元シェフのライターで、日本では今もアニマルプラネットでやっているアンソニー世界を駆けるという、世界のあちこちで政治情勢や文化に触れながら現地の飯を食べるというドキュメンタリーに出ている。私はこの番組が好きで、この人はどういう人なのだろうと思ってこの本を手にとった。
この本は海外ではレストランの内情をあけすけに描いていることで、ベストセラーになったらしい。たとえばどの曜日には魚が古いとか、シェフはやる気ないとか、ウェルダン頼む奴は田舎もんってバカにされてるとかそういう話だ。ただ内情が云々というのもたしかに面白かったのだけど、それ以上に筆者の人生や、その周囲の人々に魅了れる。才能を持ちながら、若く傲慢で愚かなアンソニーが、若さから金や名声ばかりを追い求めるあまりどんどん酷いレストランへと落ちていき(なかにはマフィアが前科者を雇って経営しているようなレストランまである)、自らもコカインやヘロインのジャンキーとなりどん底まで落ちてもがき続ける姿。アウトローだけど誰にでも好かれる特技を持っている副料理長、どうしようもない人ですぐさぼったりやる気をなくして仕事をやめてしまうけど天才的なパン焼きの職人、レストランの中のすべてのことを把握しタフで恐ろしい人ながらもどん底に落ちていたアンソニーを助けてくれる師匠。そうして中年になりジャンキーから立ち直ったアンソニーが、かつて見た傷だらけの料理人たちに自分を重ねあわせながら日々生きていく。そんな一筋縄ではいかない人々や、たくさんの失敗の日々が、なぜかどうしようもなくキラキラしたものに見えて胸がドキドキする。
フィリップ・K・ディックなんかでもそうなのだけど、どうも自分はキツイ状況の中で人がもがきながらも懸命に生きているというような物語が好きなのかなと思う。それぞれの瞬間で出来る限りのことをやり、それなりに頑張って状況を打開してはいくけど、全体としての状況は決して好転することはなく、下手をするとひたすら日々は悪化していく。それは私が20代の前半にブラックなSIerで過ごしていた日々と重なるためか(その頃からディックを読み始めて大好きになった)、そこで生き延びていく人の姿は他人ごとではなく、つい感情移入してしまう。
もっともその個人的な好みは別にしても、語り口はものすごく巧妙で、ひとつひとつのエピソードも面白いし、読んで損のない本だと思う。東京にも行くよ!
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アンソニー・ボーデイン
土曜社 (2015-03-31)
売り上げランキング: 69,801
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アンソニー・ボーデイン 野中 邦子
新潮社
売り上げランキング: 300,410
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また東京にも行く。