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2018年10月21日日曜日

時間飛行士へのささやかな贈物

ディックが大好き、とか言いながらまだまだ読んだことがないものはたくさんあって、電子書籍で買えるのだなあと気づいて購入した。もともとディックの小説を読んでいたのはブラック企業で働いていた頃で、ほとんど古本で買い集めていたので、手に入らなかったものはそのまま読んでいなかった。
それで、どれが家にあったっけと思いながら本棚を眺めていたら、時間飛行士へのささやかな贈物、という短編集を見つけた。この表題作は一種の時間繰り返し物と言える作品で、そこまで有名ではないかもしれないけど、不思議と自分の心に残っている。

時間繰り返しものが好きだということもあるし、うんざりするような悲痛な決断をするほかない、というような話に強く共感することもあるのだけど、自分がどうもこの作品のことが忘れられないのは、なんとなくその時間繰り返しの軸の部分が良くわからんということにある気がする。話は自分たちが閉じた時間の環の中に居るかどうか、ということが非常に重要なこととして書かれているのだけど、どうしてそれに至るかよくわからない。
現在から、未来へ行って、また現在に戻ってくる、という時間旅行の話なのだけど、たとえば戻ってきた瞬間にタイムスリップの瞬間に巻き込まれるかも、みたいな説明があれば、なるほどと思うのだけど、そういうのもない。
ただ、時間飛行士たちは、なにか嵐の海の向こうにいる神様を恐れるように、自分たちがどう考えたって閉じた時間の環の中にいる、ということを怖がっていて、疲弊している。でも、自分たちが閉じた時間の環にいることはどうも知覚できないっぽい。
よくわからない。
たぶん過去にも自分は何回かよくわからないと思って読み返しているのだけど、今回読み返してみて、やはりよくわからなかった。何度読んでもそれについては書いてない。あとがきでディックが、時間旅行の時代になれば、それ独特の問題があるのでは、みたいなことをちょろっとだけ書いているから、現代からはよくわからない独特の問題として表現されているのかもしれない。

とはいえ、別にだめな作品というわけではなくて、むしろ好きな話である。
自分の葬式に参列する人々のイメージや、永遠に生き、永遠に死に向かう姿は、それがどういう理屈なのかはよくわからなくても鮮烈だ。マイノリティ・リポートでもそうなのだけど、どうしようもない運命の中で、最悪の選択を自らの手で決断しなければならないというのは、だいたいの決断から逃げてきた私にとっては、ひどく美しいものに映る。



ディック傑作集〈2〉時間飛行士へのささやかな贈物 (ハヤカワ文庫SF)
フィリップ・K. ディック
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